私たちは多くの場合、大学を卒業するまでに一定の専門知識と技能を身につけ、その後社会人となり、定年までの期間を通してキャリアを形成していくことになります。
一方で、技術革新とともに社会における変化のスピードはますます増し、2030年頃には狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会につづく、人類史上5番目となる新しい社会『Society5.0』の到来が予想されています。
特に人工知能(AI)の台頭により、必ずしも特別な知識・スキルが求められない職業等については、AI等で代替できる可能性が高いといわれています。
そのような状況が近い将来起こりうる可能性がある中で、私たちが学ぶ期間は大学卒業までで良いのでしょうか。。
今回の記事では、近年、注目されている社会人に向けたリカレント教育について述べていきたいと思います。
リカレント教育とは
リカレント教育とは社会人における学び直しといわれ、学校教育を終えた人が再び学ぶことを意味しています。
本来の意味は教育と就労を交互に繰り返す教育システムのことですが、日本国内では働きながら学ぶ場合も含めて解釈がされています。
また、リカレント教育の対象は社会人のみならず、女性や高齢者までも含まれており、それらの多様なニーズに対応できる、大学や専修学校等におけるリカレント教育の拡充が目指されています。
総合転職エージェントの株式会社ワークポートが、全国の転職希望者約300人を対象に2020年1月に実施した調査によると、『リカレント教育』という言葉を知らないと回答した割合は53.4%に上ることが示されています。
転職希望者の約半数が『知らない』と回答していることからも、日本国内における認知度は依然低い水準に留まっているといえます。
◆―関連情報―◆
「リカレント教育」に関する調査結果――日本最大級の人事ポータルHRpro
リカレント教育が推進される背景
近い将来に『Society5.0』を迎えるにあたり、人工知能等の技術革新は私たちの想像以上のスピードで進んでいると思われます。
そのような状況下、自身の市場価値を維持し、さらに高めていくためには、自らが持つ知識や技能を絶えず更新していくことが求められるでしょう。
そのような将来に対して危機感を持つ、または自身の成長を貪欲に目指す社会人に向けてリカレント教育は実施されているといえます。
また、人生100年時代を迎えようとしている現代、退職後も数十年にわたる生活を充実したものにしていくためには、心身の健康に加え、経済的な自立も必要になってくるでしょう。
そのためには専門的な知識・技能が求められることになり、その習得に向けた新たな学びの機会を提供するものとして、社会人に加え、女性や高齢者までも対象としたリカレント教育の充実が図られています。
スローガンとしては、『誰もがいくつになっても学び直し、活躍することができる社会の実現を目指す』、『転職や復職、起業等を円滑に成し遂げられる社会を構築していく』といった形となるでしょう。
リカレント教育のメリット
次に、内閣府による以下の資料をもとに、学び直し(自己啓発)を行うことの主なメリットについて述べていきます。
◆―関連記事―◆ 人生100年時代の人材と働き方――内閣府
メリット1 : 就業確率を高めることができる
非就業者において、学び直しという自己啓発を行った場合、就業確率の変化は1年後にすぐに表れ、11%増加することが報告されています。さらに2年後でも10%、3年後では14%増加することがそれぞれ示されています。
非就業者のケースにおいて、自己啓発は就業確率向上に一定の効果があるとともに、その効果は持続的なものであることが示唆されています。
出典 : 人生100年時代の人材と働き方(内閣府)
メリット2 : 年収アップにつながる
就業者において自己啓発を行った場合、その2年後に年収が約10万円、3年後に約16万円アップすることが示されています。
自己啓発の年収アップへの効果は、先に述べた就業確率への効果に比べると、少し間を置いて徐々に顕在化してくるといえそうです。
出典 : 人生100年時代の人材と働き方(内閣府)
リカレント教育の現状
上で述べたように、リカレント教育として学び直しを行うことのメリットは複数挙げることができます。
ですが、以下のグラフに示されているように、25~64歳の就業者において学び直しを大学等の教育機関で受けている人の割合は、国際的に見て依然低い水準に留まっているということができます。
学び直しの国際比較
出典 : 人生100年時代の人材と働き方――内閣府
このような結果となる背景において、報告書では、日本は他国と比較して大学等に戻って学び直すという習慣が定着していないことが示唆されるとしています。
実際に学び直しを行っている人たちの多くは、民間の教育訓練機関(コンサルティング会社を含む)や公共職業能力開発施設を主に利用しているというのが現状です。
企業が外部教育機関として大学等を活用しない主な理由は、文部科学省の資料によると以下の4つが挙げられています。
- 大学等を活用する発想がそもそもなかったため
- 大学等でどのようなプログラムを提供しているかわからないため
- 他の機関に比べて教育内容が実践的ではなく、現在の業務に生かせないため
- 大学等との繋がりがないため
大学とは特定の分野の専門性をとことん追求しようとする場ですが、ことリカレント教育の実施においては、理論と実践のバランスを重視していく必要があると思われます。
また、企業と大学とのつながりを密にしていくためには、大学側は学ぶ意欲に満ちた個人の入学を待つ姿勢だけではなく、学びの内容を積極的に外部へと発信していくことが求められるのではないでしょうか。
コロナ禍の中、私がブログを通してライフスキルに関する情報発信を始めたのは、『ライフスキルという学びの内容をより多くの人に伝えていきたい』といった動機に強く駆られてのことでした。
◆―関連資料―◆ 学校での社会人再教育(リカレント教育)への支援――文部科学省
リカレント教育において重視されるカリキュラム
では、大学等の教育機関として、学び直しに取り組む社会人へ向けてはどのようなカリキュラムが提供されていけばよいのでしょうか。
以下のグラフは、学び直しの際に重視する各カリキュラムの割合を、社会人と大学等で比較したものとなります。
出典 : 人生100年時代の人材と働き方(内閣府)
それを見ると、両者で認識の差が大きくなったのは以下の4つとなりました。
- 特定の分野を深く追求した研究・学習
- 特定職種の実務に必要な専門的知識・技能の習得
- 最先端にテーマを置いた内容
- 幅広い仕事に活用できる知識・技能の習得
そして、これらの中で大学等の教育機関が重視するのは「1」と「2」であり、社会人が重視するのは「3」と「4」という結果になっています。
なお、本サイトのメニュー欄にあるライフスキル(生きる力や人間力)という能力は、「4」に記されている『幅広い仕事に活用できる知識・技能』に該当するということができます。
もっと正確にいえば、『幅広い仕事でのパフォーマンスの発揮につなげていくことができる知識・技能』ということになります。
ライフスキルとはコミュニケーションスキル(能力)をはじめ、自ら考える力、自分に合った目標を適切に設定できるスキル、日々のストレスを適切にマネジメントするスキル等から構成される汎用的な能力です。
◆―関連記事―◆
・ライフスキルとは|WHOが提唱する10の教育目標の意味を徹底解説
・依存型人間から自立型人間へのアプローチ|ライフスキル教育とは何か
それらを簡単に表現すれば、樹木(あなた)の持続的な成長を支えている、幹と根っこの役割を果たす基礎的な能力であるといえます。
今後、ライフスキルの獲得を支援するライフスキル教育は、社会人に向けたリカレント教育の一翼を担っていくことができるのではないでしょうか。
リカレント教育における課題
最後に、日本国内へリカレント教育を定着させていくための課題について述べたいと思います。
リカレント教育における課題 : 大学等教育機関における課題
社会人に向けた教育プログラムを提供していない大学側から示される最もたる課題は、多様な現場を経験してきている『実務家教員の確保』であるといえます。
そのような教員が一定数確保されることで、リカレント教育を支えるより実践的な教育を安定的に提供していくことができるといえます。
また、教育機関におけるその他の課題としては、以下の各内容が示されています。
- 国等からプログラム実際のための財政的な支援
- 社会人のニーズが把握できること
- 企業等からコンスタントに社会人が派遣される仕組み
- 企業等と連携したプログラムが実施(開発)できる環境
参考 : 社会人の大学等における学び直しの実態把握に関する調査研究(文部科学省)
リカレント教育における課題 : 社会人における課題
一方、リカレント教育に臨む社会人における課題とはどのようなものでしょうか。
平成30年度に実施された生涯学習に関する世論調査の結果によると、社会人が大学等で学びやすくなるための取り組みとして、以下の内容があることが示されています。
- 学費の負担等に対する経済的な支援
- 土日祝日や夜間等、開講時間の配慮
- 就職や資格取得等に役立つ社会人向けプログラムの拡充
- 学習に関する情報を得る機会の拡充
- 学んだ成果を職場等が評価するような仕組みづくりの促進
参考 : 平成30年度生涯学習に関する世論調査(文部科学省)
上記の一覧の中でも主な課題として挙げられるのが、やはり『学費の負担』ということになるでしょう。
一方、特に大学生の頃と異なり、自らが学費を出しながら学んでいく場合、学ぶことへの意欲は大学生の頃のそれとは比較にならないほど高くなるのではと思われます。
適切な範囲で学費を自ら負担するというのは、リカレント教育への意欲を効果的に高める一つの鍵となるのではないでしょうか。
まとめ
大学等教育機関による社会人に向けたリカレント教育は、日本ではまだ始まったばかりといっても過言ではないかもしれません。
また、そのリカレント教育の内容としては、『最先端にテーマを置いた内容』や『幅広い仕事に活用できる知識・技能の習得』が主に求められているといえます。
繰り返しになりますが、私自身が大学で専門としているライフスキルコーチングは、まさに幅広い仕事に活用できる汎用的な知識・技能の獲得を支援するものとなります。
これらの内容は、おそらく従来の学校教育の中では体系的に提示されてきてはいないと思われます。
さまざまな経験を積んできた社会人だからこそ、それらの内容をよりスムーズに理解しながら、確実に学んでいくことができるのではと思います。
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